東京高等裁判所 昭和49年(ネ)2011号 判決 1975年8月27日
控訴人(原告)
野井正
ほか一名
被控訴人(被告)
株式会社千代田商行
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人野井正に対し五九万二三五〇円および内金五七万二三五〇円に対する昭和四六年七月二〇日から、内金二万円に対する同年三月一八日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。被控訴人は、控訴人大正海上火災保険株式会社に対し一二五万九五九三円および内金四八万円に対する昭和四六年三月一八日から、内金六三万二一六九円に対する同年七月二〇日から、内金一四万七四二四円に対する同年九月二四日から各支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴会社代理人は、控訴棄却の判決を求めた。〔証拠関係略〕
理由
一 請求原因第一項および第四項(イ)の事実は当事者間に争いがなく、同第二項の事実は、控訴人野井の従業員坂野均の運転の同控訴人所有の大型貨物自動車(以下控訴人車という)と被控訴会社従業員稲川運吉の運転の被控訴会社所有の大型貨物自動車(以下被控訴人車という)との接触位置の点を除き、被控訴会社の明らかに争わないところである。
二 控訴人らは、本件事故は、被控訴会社の従業員稲川運吉の過失によるものであると主張するので、まずこの点について判断する。
前記当事者間に争いのない事実に、〔証拠略〕を総合すれば、
(1) 本件事故現場付近の道路は、平坦にして、車道の幅員八メートル、アスフアルト舗装、両側に幅員三・五メートルの歩道がある。事故現場より金沢寄りの箇所に交差点があり右地点で福井方面より金沢方面に向つて、左側にゆるくカーヴしている。右カーヴに至るまでは、両方向とも相当距離直線状をなしているが、両側に家屋があるため、互いにカーヴ地点より先の見透しはきかない。
事故発生当時(午前四時三〇分頃)、小雪がちらついており、車道の両側端付近には数センチメートルの積雪があつたが、車道は凍つておらず、自動車は、いずれもチエーン等を使用せずに走行している状態であつた。
なお、前記交差点付近のみは追い越し禁止の標識があるが、その余の箇所には右標識はない。
(2) 控訴人車は、車幅二・四九メートル、車長一〇・五五メートル、積荷なし、被控訴人車は、車幅二・四九メートル、車長九・九メートル、ベニヤ板満載、北爪車は、車幅二・四八メートル、車長一〇・八八メートル、みかん満載、緒方車は、車幅二・四九メートル、車長一一・四メートル、根本車は、車幅二・四六メートル、車長約一〇・五六メートルである。
(3) 稲川運吉は、被控訴人車を運転して福井方面から金沢方面に向つて国道八号線を進行、本件事故現場の手前約一五〇ないし二〇〇メートルの地点にさしかかつたところ、先行する北爪車(時速約四〇キロメートルで走行)の速度が遅いのでこれを追い越すべく自車の速度を時速五〇キロメートルにあげ、対向車線に出て北爪車とほぼ並進状態になつたところではじめて前方約一五〇メートルの地点(本件事故現場より少し金沢よりの交差点の横断歩道付近)に根本車が対向して進行してくるのを発見し、(控訴人車は根本車とすれ違うまで発見できなかつた。)北爪車を完全に追い越してほぼ自車線に復帰しえたところで(先行の緒方車との車間距離は約一〇メートル)無事根本車とすれ違うことができたが、根本車に後続して、後記の如く、運転不能の状態で緒方車と衝突してそのまま進行してきた控訴人車の右前部と右状態にあつた被控訴人車の後部右側面とが接触した。
(4) 一方坂野均は、控訴人車を運転して、金沢方面から福井方面へ向つて、先行する根本車との車間距離を約五〇メートルに保つて、時速約五〇キロメートルで追随し、前記カーヴ地点にさしかかつたところ、根本車が制動したので、坂野もこれに合わせて一旦制動し、時速約三〇キロメートルに減速して、約三〇メートル位進行した。そのとき、先行の根本車を運転していた根本進は、自車線上に追い越しのため出てきた被控訴人車を認めあわてて急ブレーキをかけたため、スリツプしてその車体が進行方向斜め左を向く状態となつた。根本車の右状態をみた坂野は、根本車の前方の状況は確認できないものの、危険を感じて同じく急ブレーキをかけたところ、控訴人車は、前部が左を向き、後部が反対に右を向いて、右側後部は、対向車線にはみ出した状態となつて、ハンドルをとられ、運転ができないまま、いわば横滑りの状態で、対向車線を進行してきた緒方車の右側面前部に自車の右側面後部を激突大破させ、その反動で車体の向きがやや正常に戻つた状態で進行して前記のとおり被控訴人車の後部右側面に自車の前部右側面を、続いて後続車の北爪車の前部右側面に自車の前部接触させ、ガレージに自車の前部を突込んで停止した。以上の事実が認められ、〔証拠略〕中右認定に反する部分は、前記各証拠と対比して容易に措信することができない。殊に原審証人根本進の証言中、同人の運転する根本車が被控訴人車とすれ違うときには、右両車のほか北爪車と三車が並んだ状態になり、たまたま自車の進行方向左側の小路に自車の前部を突込んだ形になつたため被控訴人車との衝突を避け得た旨の供述は、前記三車が並べばその車幅だけでほぼ車道一杯となるところ、根本車がその前部を左側小路に突込めば車体が斜めになる関係上直進状態(車幅)よりさらに道路幅を占める割合が大きくなり、被控訴人車との衝突を避けることが困難となること、前記証言によれば、根本車は被控訴人車と漸くすれ違つた後そのまま進行したところその直後、後で衝突音を聞いたというのであるが、左側小路に自車の前部を突込んだまま進行を続けることはできないことおよび〔証拠略〕により認められる同人の司法警察員に対する、被控訴人車が北爪車を追い越し、自車線に戻りかけたところですれ違つたため、安全にすれ違うことができた旨の供述と対比するときは、前記証言は容易に措信することができない。
以上認定事実によれば、稲川運吉が前記認定の事情のもとで追い越しをすることは当を得なかつたということはいいえても、これをもつて同人が自動車運転について過失があるとまでみるのは相当でないと考える。さらに同人が追い越しをしようとした際の時刻、天候、道路状況よりして当然対向車が自車との距離の目測を誤りがちであること、急制動をかければ、スリツプして運転不能となる可能性もあること考慮すべきであること考えに入れても、結論を異にするものではない。そして他に稲川運吉に過失があつたと認めるに足る証拠はない。
従つてこの点に関する控訴人らの主張は理由がないといわなければならない。
三 以上の次第であるから、稲川運吉の過失を前提とする控訴人らの本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、失当としてこれを棄却すべきである。
よつて原判決は相当であつて、本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとして、民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条第九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 岡田辰雄 小林定人 野田愛子)